名もなき星の下で

Vilhelm Hammershøi – Interior with Young Woman Seen from the Back
Vilhelm Hammershøi – Interior with Young Woman Seen from the Back

導入


君に贈りたかった
無理に熟させない微笑みを。
それはまるで、
鍵のかかっていない窓辺に
そっととまる
薄い月の光のように。

古い伝説が
私たちの肩に静かに舞い降りるとき、
ふたつの小さな影が
何も言わずに並んで座っていた。
まるでこの世界に
「愛してる」という言葉が
まだ響いたことのない場所のように。

たぶん、愛には
答えなんていらない。
ただ、君がふとこちらを向いて、
初めて出会ったあの日の
あのまなざしを
そのまま残してくれたら、それでいい。

私はひとつの星を灯した――
それは、君に見せるためではなく、
この長く夢を育てる夜のなかで
私自身が迷わぬように。


I. 灰色の静けさ

「彼女は世界に背を向け、
世界は静かに窓を開けた。」

この部屋に
光が羽のように降りる
歴史のない午後

君はそこに座っていた
声にできない問いを抱え
灰色のスカーフは すべてを黙っていた

わたしは「わかる」と言いたかったが
言葉はどれも刃を持っている
だから
ひとつの微笑みを
テーブルの端に置いてきた
まだ注がれていないお茶のそばに

_Vilhelm Hammershøi – Interior with Young Woman Seen from the Back_
Vilhelm Hammershøi – Interior with Young Woman Seen from the Back

II. 雪の速度で

「微笑みは雪よりもゆっくり落ちる――
だから別れには誰も気づかない」

君は言った
夜行列車が夢の中を通り過ぎるように
春を見ている間に
愛し合おう、と

わたしはうなずこうとした
けれど風が先に来た
そして
君に捧げた歌は
誰にも歌われなかった

二つの街のあいだに
愛はポストカードのように薄く
句点一つ一つが
待ってくれる人のいない駅だった

Makoto Shinkai – 5 Centimeters per Second
Makoto Shinkai – 5 Centimeters per Second

III. 送られなかった手紙

「手紙では届かなくても、

光はまだ君を読もうとしていた。」

あの日、
空は紅茶の色で
君の手は震えていた
誰にも触れられていないのに
わたしは最後の夢に
見えないインクで一行を書いた
君を手放す前に
たぶん君は
心でそれを読んだ
紙をたたんで
胸元に置くように
それから毎日、
住所のない詩を
送り続けている

Vermeer – Girl Reading a Letter at an Open Window
Vermeer – Girl Reading a Letter at an Open Window

IV. 失われた場所の微笑み

「たとえ君の名前を忘れても、

わたしは待っていたことを覚えている」

今夜、わたしは十分な年齢になった
君を
応えを求めずに愛せるほどに
もう痛まない
誰の手も握らないことが
もう君の目を
どんな空とも比べたりしない
わたしはまだ
ひとつの微笑みを
折りたたんでポケットにしまっている
色あせた写真のように
君はもう思い出さないかもしれない
でもわたしはまだ
道路の端に立っている
雪が初めて溶ける朝に
Frida Kahlo – Thinking About Death
Frida Kahlo – Thinking About Death